アーカイブ

教員の需給現状を支えた「傍系」のシステム

文部省は、この数値を補うシステムとして、教員資格検定制度、無資格者の採用、現職員の再教育による資格認定など数種の方策を実施せざるを得なかったが、なかでも「文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験」(略称として「文検」と呼ばれた)は、明治18(1885)年から昭和18(1943)年まで通算78回にわたって施行された最大規模の教員資格試験であった。これは、戦後の師範学校制度廃止により「中学校高等女学校教員検定試験」と名称・内容を変えて、教員資格の国家検定試験廃止まで、62年もの間実施された。その間の受験者総数は、累計約25万7000人、合格者は累計約2万4000人という。教員を志願するが、師範学校卒業の資格を持たないものにとっては、国家から資格を認められる希望の養成システムであり、また一方では「学校卒」のみでは全国の中等学校の教員養成をまかなうことができない教員の需給現状を支えた「傍系」のシステムでもあったのである。
【関連】
選ばれるデザイン大学のコスト

期待が高まる芸術大学のこれから

芸術大学の根本