ライセンスビジネスは縮小してはいるが、すべて否定されているわけではないことも付け加えておきたい。ブランドはインポートとライセンスとの二本立てを志向している。ただ、ブランドイメージにふさわしい品目にライセンスを絞り込んでいるだけだ。アメリカのラルフーローレソは、ライフスタイル提案型のブランドとしてライセンスビジネスで大成功をおさめている。ブランドの創始者である社長のラルフーローレソのふところには毎年五〇〇万ドル以上のライセンス料が転がり込むという。ジャーナリストのJ・トラクテソ、、パークは、ラルフーローレソのライセンスビジネスに対する考え方をこう記す。ライセンス契約を結べば、在庫管理や投資、製造のノウハウで苦労することもない。ライセンス商売では、お客がほしがっているものがわかっているかどうかだけが勝負だった。これぞと思うイメージで狙い打ちするのだ。(中略)ラルフは、アイデアよりもイメージの方が力を持っており、新しいドレスやスーツよりも人を満足させるものであることを知っていた。(集英社『ラルフーローレソ物語』一九九四年)ライセンスビジネスで必要なのは「イメージによる狙い撃ち」なのである。あのピIIルーカルダソも、六年前からライセンスを絞りはじめ、若いキャリア女性をターゲットに、バッグやハンカチなどの雑貨のライセンス品を展開している。現在のライセンス数は三〇。かつての10分の}に減らして、狙い撃ちに取り組んでいる最中だ。現在、ファッションブランドがライセンスを与えるのにふさわしいと考えているのは、サングラス、時計、アクセサリー、香水、ハンカチなどだ。これらをすべてブランドが自社で手がけるのは難しいため、「餅は餅屋」という発想で、メーカーにライセンスを与えて生産させている。ブランドのネームバリューに頼って、何にでもブランドのロゴを付けて売りまくるビジネスは、長期的にはブランドの価値の損失につながるし、消費者も安易なライセンス品には簡単に飛びつかなくなったとブランド側が気づきはじめたのだ。ライセンスビジネスの手段と目的が逆転日本の企業がこぞってライセンス事業に着手した理由の一つは、デザイン、素材、製造MD(商品計画)などあらゆる面で欧米のファッションのレベルには追いついていないことを自覚していたためだった。ロイヤリティを払ってでも、それらのノウハウを勉強したい、レベルを上げたいという強い動機があった。アパレルメーカーとしてはじめてライセンス事業に着手したイトキソに対しては、業界から「高いロイヤリティを払わなくても、サンプルを買って真似すればいいじゃないか」という声が続出したというが、当時の辻村金吾社長の発想は逆だった。私は商品の表面ではなく、外国のアパレルメーカーがどんな仕組みで企画を進めていくのか、内面のシステムを勉強したいと思いました。そのためには、ライセンス事業に着手するのが一番だったのです。(大内順子・田島百利子源流社『20世紀日本のファッション』一九九六年)世界レベルに追いつきたいI。これは当時のファッション業界の切なる願いだったと思う。しかし、ようやく洋服文化が根づいたばかりで、国内にはこれといった参考事例がなかった。レベルアップを図る有効な手段が海外ブランドとのライセンス締結だったのだろう。ライセンスビジネスを通して、内面のシステムを勉強し、ファッションの何たるかを把握したいという目標の先には、いつの日か、世界に伍するブランドを自分たちの手でも作りたい、良い製品を送り出したいという高邁な目標があったのではないか。少なくともそう考えるブランドが多かったと思いたい。しかし、日本繊維新聞が一九八八年に実施したアンケート調査によれば、ライセンスビジネスの目的の上位は、売上高の増加や技術の吸収、海外情報の入手ではなく、商品の差別化、百貨店などでの新しい売場の獲得となっていた。差別化や売場の獲得ならば、海外ブランドに頼る必要性は低い。自社ブランドでも可能なはずだ。だが、アンケートに答えた九二社一四九ブランドの大半はそう考えていない。要するに、いつの間にか手段と目的が逆転してしまったのだ。当初の目的を果たし、高い技術力、ビジネス展開の手法を学び、身につけたにも関わらず、ブランドをIから育てる手間やコストを惜しみ、手っ取り早く差別化が図れて、売場も獲得できるライセンスビジネスにどっぷりとつかっているのである。